昭和40年03月28日 夜の御理解
人の手本になるような信心をせよと仰る。手本になるような信心。真心、いわゆる実意丁寧、実行力、そういうような信心が、いうならば、手本になるような信心だなと。真心が強い人。実意丁寧な人。実行力を持っておる人。いわゆる修行精神の旺盛な人。ね。本気で信心を求めいわゆる求道心の旺盛な人。そういう様な、本気でそういう様な、所に焦点を置いておる人ならば、もう自ずと、それは手本になる信心だと思うですねぇ。
どうでも一つ椛目で、信心の稽古をなさる方達、本気で信心の稽古をなさる方達にそのような意味合いにおいて椛目全体がです、まぁいうなら、道の為のいわば椛目の、信心を見習えと。椛目の信者を見習えと。と例えば言うてもらえれるような一つ信心をめいめいが身に付けたいと思うですねぇ。これはもう確かに手本があるという事は有難いです。私いつもそれを思うんですけれどもこのお届帳ですねぇ。
久保山先生があのうお届けをなさった後の思いはどうしても久保山先生にそれをその、字をですね、そのう、書体を真似る。またあまりに綺麗にきちっと書いてありますからそれより下手下手でもです、どうにか書かなければおられないですねぇ。横に手本がありますから。確かにそうです。一人ほ、本当の信者としてもらうとそれにいわば神ならう人達が出来てまいります。
見習わなければおられない、いや馬鹿らしいというようにですねぇ、あの人はほんな口ばっかり実意がない。そうにゃそりゃくわしい事言わっしゃるばってん実行力が無い。それでは手本にはならないわけですねぇ。私は今日はちょっと、ちょっとした一つの手本といった様なものを感じたんですけれど、その皆さんの思いに触れてから本当に私自身感激した事がございます。
今日は朝の九時からあちらの、今度購入になりました敷地の所の丁度指出合楽と、まぁ指出と石浦の分は石浦の分ですけれども、道は指出の道を通らなければならないというようなところにあるわけなんですね。それであのあちらの主だった役をしておられる、いわゆる顔役の方達と農地委員の方達十一名、あちらで立ち会って下さった。そして皆が認めるか認めないかと。
同時に、あのう、周囲のあの屋敷のう、周囲の方達。上と下の方達も一緒に出て下さってまぁいろいろ話が進められまして本当にスムーズにですねぇ、皆欲の無い者はありませんから、そのさ、始めの間はどんな話でも出たそうですけれども。もうその辺が何とも言えんお繰り合わせ頂いて。私正義さんの話を聞かせて頂いたんですけれども、あのう例えばもう、こ、こちらは神様はなにもいう事ではなかったと。
その例えば上の人がここ、ここはどうでもしとかないかんという条件を出しておられた時に、丁度下の段のその、地主さんがみえられてからあんたそれで良かろうが私がそげな事するとどげんなんのというような事でそれはおじゃんになったというて話なんです。丁度その時にみえられたという、ね。それからいよいよこんがらがっとる時にまぁ指出いわば合楽で今一番の顔役というもうおじさん。
例えばあのその、今の部落長さんとか、農地委員やら例えば中鶴さん辺りのように町会議員しておられる人達にですね、おい、中鶴君中鶴君と言うて呼び出されるお爺さんがみえたそうですたい。そしてから正義先生にあら、あんたも来とったのちゅうてから(笑)なんとそれはあの、遠い親戚に当たるそうですたい。あんたが来とるならもう問題なか。もうそれはそうしとけって、明日来てというような事でそのおかげ頂いたという話をしておりました。
本当にもう神ながらな事だなと私は問題はあるです、けれどもその問題を問題として取り組ませて皆さんが頂かれる所にそういうような解決のおかげを頂いて。そしてお昼をここで差し上げて、御神酒でも一杯まぁあげたんですけれども。本当にまぁ指出もんな指出ん金光様にしたいと言う。石浦んもんは石浦ん金光様にしたいと言う。だからどういうもんでしょうか一つ、石浦とか指出とか仰らずにもうとにかく合楽、合楽の金光様という風にして頂いたらどうだろうかと言うて今日話が出る位におかげ頂いたんです。
そうですねそんならもう、指出とも石浦とも付き合うちょるところにおかげ頂くですけん、まぁいちおうなら、合楽の金光様ちゅう事にしてまぁ両方の村の付き合いもさせて頂こうという様なお話まで今日出ました。本当にまぁ有難い事だと、思わせてもらう。気にしておった道を使う事もそれからあのう、むずあの、溝を使う事もまぁ認めて頂いたという事なんですけどもね。
それに例えば、本当に打ち込んであたって、おられる委員の方達、総代さん方。本当に打ち込まなければ、こういう御用は出来んなぁと、私は思うたんですがね。中にいろいろ、資金関係の問題の話も出ておりました、ところが、正義さんがこういう事を言うとりました。最後んとこ、最後の時には、私は自分の家屋敷の全部を、抵当にして金は借りるつもりでおりますと。
ここの勿論四月何日かにあちらに仕事を、大体の仕事が終わりますからその機械だけの全部を持って来たいと思いますと。ところが機械だけ持ってこなきゃいけませんから、ここのあれが終わるまでは私はこちらに掛るつもりで御座いますと正義さんがいよりました。ね。例えば、何て言うですかねぇ。自分の家で、あのやるとか何とか言うですね。(信者さんが「何ですか?直営ですか」と言われる)そう。
いくら直営と言うてもやはり、そのうこうと入らなければいけないと言う。その為に私はそのう、おかげ頂きたいと言う事を、今日総代さん達皆その話の中でそれを正義さん、意志をいわば、表現、あのう、表しておったわけなんですけども。まぁ横で聞かせて頂きながら皆が一生懸命打ち込んじゃんなという風に感じたんですねぇ。今日はそれからまた引き続き竹葉会でございました。ね。
今日は人数は、八名、九名でしたかね、あの後から。というなら信心の共励をしておる所に私も入っていってからまぁお話させて頂いた後でございます。高橋さんがこういう事を言うんですねぇ。この頃、何とんなしにぼゃあとしとることがあるお父さんちゅう、(笑)ふっちゅう、何ばああた考えよるなすっとですかちゅうてから。何ちいよるか、御造営のことのほかに考えることがあるかちゅうてから申しますとこう言う。
そしてから私に申します事に、御造営が済むまでは、郁枝ひとつ後家になったと思うてくれと言うておるそうです。いわゆる店のほうそれからあの、あちらの野球場のほうは寿司を出しておりますから、そっちの方はもうお前にまかせたぞと。俺が入院して俺が病気しておらないと思うて、お前後家になったつもりで外すから、おりゃいつ椛目で何日間御用ひきつついてするんじゃ分からんから、お前そのつもりでおってくれって、実は言い渡されております。
もう本当にお父さんが一生懸命の御用を見ると、一生懸命ならにゃおられん気が致しますのうやち言うてから今日話してるんです。ね。嘉朗さんの家内が申しておりました。今度の御造営については、俺はこういうような考えでおると。というてその、申しております事は、ね。しばらく俺と御前はその、別居生活をしようと言う。でないと俺の在り方の中にお前が不浄をいわなきゃならんからって言うてね(笑)お前は安東の家に帰って来て、俺は大橋に帰るからと。ね。
御造営の済むまでお前と不浄言うたら出来んちゅう。ね。そしたらそのゆき子さんが言うておる事がですねぇ、どういう修行中だってあのう親先生も奥様と御一緒じゃった。ね。だから私はあなたのそばで不浄言うもんですか、私も付いて行くちゅうたらそりゃお前を試してみたとこ言うたっていう(笑)。お前がその腹でおりゃ本当で打ち込むぞと言うて、その、話しておりますとこういうわけなんです。
そうですもんねぇ、本当に親父が例えば召集令状でも来たと、赤紙でも来たという時にです、家内がそれこそ腰の軍手にぶら下がってですたいね。行っちゃくれなさんなと言うてそのぶら下がるなら、そりゃどうこん出来ん。戦争中に。どうぞ一生懸命の、思う存分働いて来て下さいと。住居の事は私共が引き受けましたと女が言うてくれてから、本当のおかげが頂けれるんだという意味の事を話しておりましたら、あのう、大和さんの家内が顔に手を当ててから泣き出しました。
もう、家の主人が最近もうよると触るという事はご造営の事。ね。だからもうお父さん、あぁたんごとそげん椛目の事ばっかり考えよると仕事が出来んじゃないのち。ね。生活する事も考えてもらわにゃと言うて私が言いよった、本当に私こそ足にぶら下がっておるような事をして皆さんのお話を聞いてから恥ずかしいちゅうてからこの頃申しよります。本当におかげ頂かにゃいけんというわけですねぇ。
かおるさんが言うておりました。もう話を聞きよるともう皆さんがあまりに一生懸命だから一生懸命ならにゃおられんと。ね。と言うてから、あその休まして頂いたところが、夜中に清さんが急にけたたましい言うて起こすっちいうわけです。それからそのう、おき布団の中に足を蜂が入っとるらしいですね。もうとにかくその足がそのうひやひやしてからこう腫れとる。
はぁ何かおるかおるちゅうて起こすもんだから、びっくりして布団ばこうしてから、蜂はおらなかったけれどもですね、なぁにそのコタツ布団そうコタツで火傷しとったらしいですね(笑)それがチカッとした訳ですから蜂がおるちゅうてから、てんで、その起き上がっとったちゅう訳ですねぇ。そしてからその、清さんがかおるさんに言う事がですね、椛目の御造営が進むまではね、お足に不自由すると思えと言うて主人がもうしました。足に不自由すると。
だからお足椛目の御造営が済むまでは、お足に不自由すると思えって(笑)申しますって言うて話しておりました。ね。井上さんが言うておりました。私の家は主人が銀行支店長ですから、もう金銭の事でというならです、もう本当にあのそのあの主人が気持ちにならせて頂いて、椛目の御用ならどげな御用でも、さして頂けれると言う様な気持ちで、おかげ頂いてくれます様に、もうその事ばっかりお願いさせて頂きよります。
一昨日、それから昨日、あちらの中学校の一年生の娘が、一人で参ってきた。その娘が椛目で、あのまた、不思議にですね、もうこんこんとして、御理解を頂くんですねぇ、ここで。出るんです御理解が。ただ中学一年生の娘に。それをです、御飯を頂きながらです今日は椛目の先生が、こう言う様なお説教をして下さったと、御理解をして下さったと。という事をですね、聞かせて頂いてから、ご飯を頂きながら主人が聞きよったがです。非常に感激してですね。ね。
お母さんの言う事分からんかったが、お前の言う事は分かったちゅうてから、そのおかげ頂いておりますとこう言うです。ね。やはり家内のそうした、祈りというものが大事。ね。これは今日一日私が胸にいわば挟ませて頂いた。いうならば、ひとつの手本になるような話じゃ御座いませんですか。ね。とてもとても、やはり椛目のこうした大きな、一つの大事業であり大きな御用の時で御座いますから。
皆がやっぱりそのう、その頭からやはり打ち込まなければ出来る事じゃなかろうと私は思うんです。もちろんそれは、その事だけに打ち込んだって出来ません、信心に打ち込まなければならん事は、もちろんでござます。ね。今朝から久保山先生の奥さんが参ってみえてから、あのね、今頃から、今頃子供達からこんな事では笑われるっていった様な事では、ほんに相すみませんけれども、言うてから話される。
もうこの頃、主人が非常にこう疲れておる、帰り道。そんで私はこの頃、毎晩そのう休む時に生卵をひとつずつその持って行って、食べすすってもらうちゅうわけなんです。それけんああた、先日は茂がえらいこの頃、お父さんにはお母さんサービスがええのちゅうてから申しますちゅう。今からでん、お父さんにどうこうあったらどうすんのってあげん言いござった。今こそお父さんに、元気づけをあげるけんちゅうて申しましたちゅうてから話しております。ね。
本当いうならば一家をあげて。夫婦があげて。日頃の信心を頂いておる信心を表す時はこの時ばかりとこう言うておるそういう人達の私は信心、今日私は申しますならです、ね。手本になるような信心とはそういう様な信心ではなかろうかと。ね。本当にああいう時に力を受けた、あの時に一徳受けたと、もし後で言うならばそういう様な信心から受けられるのじゃなかろうかと。ね。そしてひとつせっかくお互いが信心させて頂くのでございますからね、手本になるような信心。ね。
ただ形だけではいけません。本当にその人を見習わなければおられないというもの。久保山先生がお届けをされた後には、やっぱりそれに習うて、あの綺麗な字に習うて書こうという気持ちが私どもが起こる様なもので、ね。横に手本が有るというのは有難い事。だから銘々がその手本になるような信心をさして頂いておかげを頂きたいと思うですねぇ。おかげを頂きました。